あやまちと寝違えは早めに対策を
 


     



乗用車のシートというのは、
限られた空間内で万が一の衝撃を受けても身の安全を保持できるよう、
一人一人がその身を固定するようになっており。
後部座席はひとつながりの所謂“ベンチシート”でもあろうが、
運転席と助手席は各々独立したシートとなってる場合が多い。
シート自体がゆったりとした作りになっていても、
ただ坐しているだけなら問題ないがそうではない場合、
狭間にシフトレバーなぞもあっての、
なかなかに自由が利かない仕様とも言えて。
すぐお隣という至近にいても
身を寄せ合うのはなかなかに面倒であったれど。
何しろこちら様は二人ともお互いをそれは好いている間柄。
故に多少窮屈でもそれがどうしたと、
ハンドルという障害物があってなおのこと狭苦しい運転席に坐す
中也の片膝へと器用にまたがり、
そのまま大好きな兄人に上から抱き着く格好で懐ろへもぐり込み、
甘えるようにしがみつく敦であり。
拗ねて飛び出しちゃってごめんなさい、
いやいやこっちこそ怖い想いをさせて済まねぇと、
内緒話のように声を潜めて囁き合っていたりして。
二人しかいないというに、それでも誰ぞに聞かれぬよう、
いやいや掠れるほどの小声で告げ合うことで
あなたにだけの言の葉だと、声と吐息とでの慰撫をし合うよに、
要は人目もはばからずという勢いで甘え合っていた彼らであり。
言うべきことも言いつくし、
相手の温みにようようにうっとりと凭れ合って幾刻か。

 「さて、帰るか。」

ちょっぴり噛み合ってないままに諍いかけていた齟齬も均され、
甘えてくれるまでに機嫌の直った敦なの、
ああよかったと相好崩して掻い込んでいた中也が、
さてと区切りをつけるよな声を出せば。
少年の方でもハイと頷き、身を起こす。
助手席へ落ち着いた敦くんのシートベルトを掛け直し
車を発進させかかったところへ、メール着信の電子音。

 「あ、そう言えば。中也さん、出社してないんじゃあ…。」

しかも自分のせいでとなれば敦も表情をこわばらせるものの、
当のご本人はといえば、スマホを操作しつつのけろりとした様子にて、

「重要案件を追跡中だと、征樹へ連絡はしといた。」
「うあぁあ…。」

にっかと笑い、心配は要らぬと
ちゃっかりした言いようをする中也だったのへ、
それは頼もしい側近のお兄さんのお名前が出て来て
ついつい敦くんが“いつもお世話掛けます”と言わんばかり、
ここにはいない存在に手を合わせて拝んだのはともかくとして。

「お。芥川からだ。」
「はい?」

その名は今日既に聞いていた敦で、
確か遠隔地でのお仕事があって
随分と早出となってたはずの彼だと太宰が言ってはなかったか。

「何だ? ウチへ向かってるらしいぞ。こんな早くになぁ。」

そういう事情が入ってなかったらしい中也が怪訝そうに小首をかしげるのへ、
敦も敦で任務はどうしたのかなと、おやぁ?というお顔になったものの、
日頃からも寡黙な性格そのままの短い文面ではそれ以上が判らない。

「ま、とりあえず戻ろう。」
「はい。」

その方が早かろとエンジンを掛け、
海へと向いてた愛車の鼻先、グルンと回すのに
ちろんと肩越し後方を見やって、
そのついでに身を伸ばすと
お隣の少年の淡色の髪へ鼻先突っ込むという悪戯が出た
余裕の兄人だったりし。

「わ。//////////」
「やっぱ耳は弱いかvv」
「もうもう、やですったら。/////////」

やってなさい。(笑)




逃げ出した虎の子に余程肝を冷やしたものか、
その反動のよに仲直りした少年へのちょっかい掛けの勢いは止まらぬようで。
でも、ギアのレバーと間違えたなんて言って、
助手席の小さな手を捕まえるのは
危ないのでやめた方がいいぞというところまで盛り上がって辿り着いた自宅前。

「あ。」
「おう。」

家族同然ということで合鍵を持ってはいたけれど、
それでも不在宅へ上がり込むのは憚られたか、
扉前の壁へと軽く凭れる格好で、芥川がドア前に立っており。

「○×会の手打ち、済んだのか?」
「はい。」

手打ちの立会人として護衛に呼ばれただけで、
済んでしまえば戻るのも早いというよな出張だったらしく。
それにしちゃあ帰る場所が違わぬかと、
鍵を開けている中也の後ろ、敦がかっくりと小首を傾げると、

「太宰さんが、これを持ってってやれと。」

今日も朝から蒸すので、早々に黒外套は脱いだらしいその代わり、
デザインシャツと黒地のトラウザーパンツの上、
こげ茶色の中衣を羽織るというややお堅いいでたちの彼が差し出したのは、
結構よく見る高級食材ストアの手提げ型の紙袋。
入っていたのは、

「?? 小豆ともち米?」

何でわざわざと、その取り合わせの意味が判らぬ敦と違い、

「…あの野郎。」

おはぎかなぁ?
赤飯を炊いてやれと言付かっているがと、
あとの二人がやり取りするの、
云われずに察しがついてる中也さんも中也さんだったりし。
大方『大人の階段昇ったね、おめでとう敦くんvv』という
おふざけ半分な祝いのつもりなのが見え見えで。

「何か祝い事でしょうか?」

そちらは特に思いあたるものがないか、
屈託もないまま素直に兄人へ訊く敦だったのへ、

「さ、さあな。」

妙に口ごもる中也であり。
何かしら誤魔化したのへも気づかぬまま、
さして深くは言及して来なかったその代わり、
無邪気そうに笑って、

「わあ、食べたいですvv」

やはりやはり、素直な言いようを寄越したものだから。

「…判った。圧力鍋なら速攻だ。」

本来ならば、小豆やもち米を水に浸すという下準備が要るのだが、
そうだと知っているのみならず、それが不要な遣りようもご存知な
頼もしい赤髪のお兄様。
二人ともあがれあがれと促して、
そのままキッチンへ入ると帆布製のエプロンを颯爽とまとい、
テキパキ支度に入る中也さんで。
そういやリビングのお片づけがまだだったと、
こちらはこちらで鎌倉土産の包装紙などが取っ散らかるソファー廻りを
あわわと慌てつつ敦が片づけておれば、

「どうした?」
「わあ。」

後ろ襟を唐突に掴まれて立たされ、
何だ何だと焦るのも介さず、小さな顎に手を掛けられると
そのまま上を向かされる。
相変わらずに方向音痴というか、
いくら親しい間柄でも一声掛けなさいよと思ったほどの、
やや手荒な所業を仕掛けてきた黒獣の覇者様が敦に訊いたのは、

「あ…。//////////」

指の腹でするりと撫でられたのが、ともすりゃあ扇情的な問いようの、
首の右わきに浮いていた、緋色の例のアレであり。
問題の鬱血痕は、芥川にも初見だったか、

「? 痛くないのか?」

そうと案じられてしまったことで、
そうそう、これをどうするかを対処していなかったと
改めて思い出してるお二人だったりし。
既に解決した問題だったらしいお暢気さはともかく、

「あ、うん。痛くないよ?///////」

誤魔化し半分、妙に明るく笑った敦へ、
今更自分へ嘘やはぐらかしという誤魔化しなぞすまいが、
我慢をしてないかとでも思ったか、怪訝そうに目許を眇めた芥川。
そんな二人の相変わらずなやり取りへ、
洗った小豆ともち米を圧力鍋へとセットし終え、
付け合わせにと吸い物の準備と
練り天を甘辛に煮たものを手際よく仕掛けていた赤髪の兄人が、
いい勝負だねぇとくつくつ笑っていたけれど。
ああとそこで思い当たったことが一つあり、

「何だ、お前も知らなかったのか。」

この顔触れだとタバコが吸えない手持無沙汰か、
コンロの前から離れての
カウンターを仕切り代わりに広々広がるリビングスペースへ運んだ中也さん。
兄貴分とはいえ、あまり世俗に通じてはないところはおとうと弟子といい勝負の
一歩間違や“深窓の令嬢”とも通じる異能の青年へ、

「シャツの袖、まくってみな。」

そんな風に指示を出す。
??と訳が判らぬらしいまま、
それでもこちらの兄人へは相変わらずに肉親レベルで素直な芥川。
長袖だったシャツの袖、ずぼらをせずちゃんと釦を外して
するすると肘上までたくし上げれば、
一個師団を暴虐で殲滅するような荒事に身を投じているとは
到底思えぬ細っこい腕が現れる。
こちらもまた相変わらずに血色がよろしくないが、
そんな腕をよ〜しとばかりに捕まえて、
肘の上、やわらかな二の腕の内側というベストポジションにあたりをつけると、
するりと顔を伏せ、そのまま吸い付いたから

 「…っ☆」
 「ありゃ。」

当事者の芥川は切れ長の双眸をこれでもかと見開いて驚き、
敦は敦で “あ〜あ”と苦笑するばかり。
そうかこうやって付けるのかと感心しこそすれ、
さすがにこの流れで悋気が沸くほど見境なしではない彼で。

「…痛いです、中也さん。」

そちらはさすがに、傍に敦もいるというにと視線を泳がせた芥川。
ちりりという痛みにもう勘弁してと声を上げたところで
やっと唇を離されて、
やや乱暴に指の腹でうっすらついていたらしい唾液を拭われた後には、

 「…あ。」

狙いを定めてつけたからだろう、
敦の首のそれよりも色濃い紅色の痣が白い肌の上へくっきりと刻まれていて。

「…え? ということは。」
「あ、いやあのッ、ボクのは不可抗力だから。/////////」

こうまでねっとり、深い情交行為の末に刻まれるものだということが明らかになった以上、
同じものを、しかも首なんてところに記された誰かさんは…と
兄弟子さんのハッとしたよな視線が向いた先、
まだまだ幼い風貌の少年が、何を想起されたかに今だけはいやに素早く察しが回り、
いやいやいやいや違うからと、
真っ赤になって両手で仰ぐようにして否定するその背後から、

 「…ちゅうや〜〜〜〜〜っa.gif

途轍もなく夏向きな、地を這うような恨みがましい声が沸き起こる。
鍵は掛けたはずだというに、
いつの間に到着していたやら、蓬髪に包帯まみれの美丈夫さんが、
眼前で繰り広げられていたやや艶っぽい悪戯へ、
ともすりゃ本気レベルでお怒りの声を上げており。

「わ、私ですら まだしたことないのに…あああ何てことを〜〜〜。」

ツベルクリン接種のあとくらいの感慨だろう、
自分の腕のを支えてそれを見入ってた青年を手際よく懐ろへと掻い込み、
瀕死の重傷でも負ったかのような嘆きと哀切の声を上げる彼で。
あああ何てこととやかましいほど嘆き続ける太宰だったのへ、

 「何だよ、だったら上書きでもしな。」

あまりの嘆きようが腹に据えたか、面白がってた顔をしかめると、
人を災禍扱いすんなとさすがに眉をひそめた中也なのも無理はなく。
だがだが、
凍るよな真顔を上げて告げられた一言に
その場にいた全員が思わず納得したのは言うまでもない。

 「…君との間接キスなんてもっとやだ。」
 「…ごもっとも。」






 to be continued. (17.06.29.〜)





BACK/NEXT


 *あああ、時間がないので、もうちょっとのおまけは後日に…。